Ⅳ 魅せられた人々の巻 ①

木村東吉さんの「富士山と五湖の自然と暮らしに魅せられて」

富士山と五湖に引き寄せられたヒロミさん

東吉さんの連載エッセーの第7回目は、

「魅せられた人々」の前編です。

当地の自然と暮らしに引き寄せられたのは、

タレントのヒロミさん。

やはり、思い入れはハンパでないようです。

(毎月25日と10日ごろにアップ。全部で6か月の予定です)

文/木村東吉

自然に手を合わせたくなる特別な「お山」

「富士山がね、撮ってくれ、撮ってくれって、毎日言うんですよ」

富士山の麓(ふもと)を拠点として、毎日のようにその山容をカメラに収めている、とある有名な写真家がいる。人づてに聞いた話だが、彼は朝起きて富士山を眺めるたび、「富士山」がおのれに向かってそうつぶやいていると感じるそうだ。

もちろん山に感情など存在しないし、山が人に対してメッセージを伝えることもない。だが、富士山ほどたくさんの人々がその姿に向かって手を合わせる山は、日本ではほかにどこにも存在しないだろう。

ボクが河口湖のほとりに家を建てた頃、近所にいろいろな有名人が集まった。すでにこのコラム(第4回)でも紹介したが、俳優の岩城滉一さんが一時期ウエイクボードに夢中になり、多くの芸能人、著名人を連れて河口湖に通った。そのなかに、タレントのヒロミさんの姿もあった。

ヒロミさん自身も多趣味な人で、ウエイクボードのほかにもジェットスキーを数台所有しており、湖面で偶然、会うこともあった。こっちはジェットスキーではなく、もっぱらカヌーであったが。

その頃、ヒロミさんは「こぶ平ちゃん」(現、林家正蔵師匠)とともに、子ども料理番組のMCを務め、子どもたちがアウトドア・クッキングにチャレンジするときなど、ボクも呼ばれて何度かその番組でごいっしょさせていただいた。

これまたすでに紹介したが、ウエイクボードの元全日本チャンプである弘田登志雄とは、河口湖で出会って以来とても仲良くしているので、ボクも一時期はウエイクボードを趣味としていた。

が、どうも「エンジン関係」のスポーツには興味が湧かず(基本的には風など自然のチカラか、おのれのチカラで操ることのできる道具を使ったスポーツが好きだ)、ボクは河口湖より隣の西湖で遊ぶことのほうが多くなり、ヒロミさんとも一時期は疎遠になっていた。

ヒロミさん(左)と筆者。西湖のほとりで。

ヒロミさん(左)と筆者。西湖のほとりで。

 

ヒロミさん、富士北麓にはまる

ところが、いまから5年ほど前。2011年の夏頃、ある友人を介してヒロミさんから連絡があった。

「山に登りたいから案内してほしい」、と。

山には毎日のように登っている。とくに我が家の裏山である足和田山には、週に何回も登っている。我が家のすぐ脇から足和田山へと続くトレイルがつながっており、急げば50分くらいでその頂上に立てる。そんな身近な山ではあるが、そこは「東海自然歩道」の一部にもなっている。

「東海自然歩道」とは、東京都八王子市にある「明治の森高尾国定公園」から大阪府箕面市にある「明治の森箕面(みのお)国定公園」まで、総距離1697㎞にもおよぶロングトレイルである。

「足和田山でよければ、いつでも案内するよ!」。そうヒロミさんに告げると、さっそく翌日の早朝からいっしょに登った。

いつもなら自宅から足和田山の頂上である「五湖台」まで行って引き返してくるが(「五湖台」といっても、頂上から湖は3つしか見えない)、そのときはせっかくなので足を伸ばして「三湖台」まで行った(こちらも、「三湖台」といっても湖はふたつしか見えない)。

そして、三湖台の頂上ではお湯を沸かしてインスタント・ラーメンをふるまった。

このインスタント・ラーメンがヒロミさんのココロを強くとらえたらしく、彼はたちまちこの足和田山ハイクの虜(とりこ)となった。

その理由はふたつある。

さきほど、この足和田山への道は「東海自然歩道」の一部であると述べたが、総距離1697㎞の自然歩道のなかでも、ここは美しいモデルコースとして指定されているのだ。そりゃそうだ。歩いている間、ずっと手が届きそうな近さで富士山が見えるし、その数に「偽り」があるにせよ、富士五湖を随所で見下ろすことができるのだ。まったく有名な山ではないが、山の魅力がいっぱい詰まったトレイルである。ヒロミさんが虜になるのもうなずける。

もうひとつの理由は、これはのちにわかったことだが、ヒロミさんは「道具好き」である。これは、男なら誰しもが理解できるだろう。自分の好きなバーナーやコッフェルなどを、これまた自分のお気に入りのバックパックに詰めて山に登り、休憩時にそれらを駆使して簡単なクッキングをする……。こういう行為にとらわれてしまったのだ。

ボクがヒロミさんを足和田山に連れていったのはただ1回だけだが、その後、週に少なくとも2回、多いときは4回ほど、足和田山でヒロミさんに会った。彼は東京都内でジムを経営しており、そのインストラクターや顧客を連れてくることが多かった。

あとで聞くと、やはり頂上で彼らにラーメンをふるまっているらしい。しかも、そのラーメンは、ボクが作るより豪華で、茹で卵が入っているらしい。さらに、その茹で卵は、奥様であるタレントの松本伊代さんが作っているという。いやはや、なんとも豪華なインスタント・ラーメンではないか!

冗談はさておき、彼のアウトドア熱はおさまることを知らなかった。次々と山の道具をそろえ、小型テントなどもそろえる。いつのまにか、ボクもがうらやむような最新のバーナーも所有している。

我々は足和田山だけではなく、いっしょに十二ヶ岳にフリークライミングをしにいったり、冬になると三つ峠の凍った滝にも、アイスクライミングに行った。

とくに「道具好き」のヒロミさんはアイスクライミングに夢中になり、その腰にはシュリンゲやカラビナがジャラジャラとぶら下がり、その両手にはアイスアックスが握られていた。そして、そんな厳寒のなかでも、バーナーでお湯を沸かしてラーメンをすすった。

ヒロミさんを夢中にしたのは山だけではなかった。早朝の靄(もや)のなかを漕ぎ出すカヤックにも夢中になり、何度もいっしょにパドリングを楽しんだ。

ボクがこの場でわざわざ言う必要もないが、芸能界でも屈指の「趣味人」として知られ、これまでにもウエイクボードやジェットスキー、それにスノーボードやフィッシングなど、枚挙にいとまがないほど「遊び」を知りつくした男が、富士五湖の自然に魅せられ、通いつめたのである。

凍てつく三つ峠にて。

凍てつく三つ峠にて。

 

人の隠された一面がにじみ出る五湖の暮らし

「トウキチさんさ、オレ、遊びのベースキャンプとして河口湖の湖畔に家を買おうと思っているんだ」

そうヒロミさんから知らされたのは、昨年の秋のことだった。

「もっとこのあたりの魅力を多くの人に伝えたいし、経営するジムの関係者なども連れてきたい。そういう人たちが集まる、ベースキャンプを造りたいんだ!」と彼は熱く語る。 そして、その言葉どおり、先日、ヒロミさんの「ベースキャンプ」は完成した(なんと我が家から3分の距離だ)。

そのお披露目パーティーに出席すると、その工事に携わった多くの職人さんも招かれ、なごやかな雰囲気のなか、ヒロミさん自身がバーベキューを焼き、みんなにふるまっていた。その姿はテレビで見るキャラとは少し違って、彼の隠れた温かな思いやりがあふれていた。

ボクの河口湖での暮らしは、ことしで22年目を迎えた。毎日、仰ぎ見る富士山は、著名な写真家と違って、凡人のボクにはなんにも語りかけることはない。我々の日々の生活を、ただ黙って見守っているだけだ。

だがそこを愛し、その暮らしを満喫する人々に最高の笑顔を見せ、そこに集う人々を祝福しているように感じることもある。

そして、そのことに感謝し、ボクは毎朝、富士に向かって静かに手を合わせるのだ。

©TOKICHI KIMURA  2016

大いなる自然は、人の内面を豊かにしてくれる!?(十二ヶ岳より)

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